花の価値を保つうえで、鮮度管理は欠かせないテーマです。久留米花卉園芸農業協同組合様(以下、久留米花市場様)の花市場では、切り花や鉢物、苗物、植木など花き全般を扱うなかで、購入後にも長く楽しめる花を届けるための温度管理が求められていました。
一方で、同市場が直面していたのは、築50年前後の施設、約2,500㎡の大空間、開口部の多さ、そして近年の猛暑という複合的な課題です。空調設備の導入は15〜20年前から検討されていたものの、広大な市場空間を冷やすには数億円規模の費用が見込まれ、一度は導入が難しくなった経緯があります。
そこで相談したのが、株式会社イノベックス(以下イノベックス)です。イノベックスは、地中熱システム「サーチェス®」による高効率な空調と、間仕切りによる空間の区分けを組み合わせることで、建物への負荷を抑えながら必要な空間を効率よく冷やす方法を提案しました。
その結果、広い市場空間を28度以下に保ちながら、電気代は前年とほぼ同等に。花の鮮度管理だけでなく、作業環境や出荷体制の改善にもつながっています。今回は、導入の背景から、地中熱への不安、現地見学による納得、施工時の工夫、導入後の変化までを、久留米花市場様 市場部 次長の園田様と、イノベックス 執行役員 ジオサーマルトランスフォメーション事業部長の福宮にインタビューを行いました。
目次
花を買う人にも、売る人にも大切な「鮮度」を守る市場
ーまず、久留米花市場様の事業内容と、事業を行ううえで重要なポイントについて教えてください。園田様
久留米花市場は、切り花、鉢物、苗物、植木など、花き全般を扱う市場です。販売先は、登録されている花屋さんや、競りの参加者の方々が中心です。
地域でいうと福岡県南部地域の生産者さんが中心ですが、花は全国各地から入荷しますし、輸入品もあります。国内外から集まった花が、市場を通じて流通しているという状況です。
私自身は市場部の次長として、競りや販売、花屋さんへの営業、生産者さんへの営業などを担当しています。
事業を行ううえで重要なのは、花の鮮度を保つことです。花を買われるお客様にとっては、購入後にどれくらい長く楽しめるかが大切です。一方で、花屋さんや競りの参加者の方々にとっては、品質の良い状態で販売できることが重要になります。
生産者さんが良い花をつくっても、市場や流通の途中で鮮度が落ちてしまえば、その価値を十分に届けることができません。だからこそ、生産者さんから花屋さん、そしてその先のお客様に届くまで、できるだけ温度変化を抑えるコールドチェーン※の整備が重要になります。
※コールドチェーン:生鮮食品や医薬品など低温での温度管理が必要な商品を、生産地から消費地まで途切れることなく一定の低温状態で流通させる物流システム。
久留米花市場としても、コールドチェーンを整えることで、花の鮮度を守り、より長く楽しんでいただける状態で届けていきたいと考えています。
空調設備導入後の市場内で競りが行われている様子。
近年の猛暑で深刻化した、大空間空調という課題
ー今回、イノベックスの地中熱システム「サーチェス®」と間仕切りを組み合わせた空調設備の導入を検討された背景について教えてください。園田様
大きな理由は、近年の夏の猛暑です。久留米は非常に暑い地域で、夏場の温度管理は以前から大きな課題でした。
花にとって、温度の上げ下げは大きな負担になります。冷やしすぎてもストレスになりますし、急に温度が上がることもよくありません。生産者さんから出荷され、花屋さんや消費者のもとに届くまでの間に、できるだけ急激な温度変化を起こさないことが重要です。
私たちはこれまで、冷蔵室に花を一時的に保管し、できるだけ外気に当てないようにしていました。ただ、そのためには従業員が花を持っていったり、出したりする必要があり、ハンドリングが非常に多かったんです。作業効率の面でも課題がありました。
また、競りの前には、冷蔵室から花を出して市場内に並べておく必要があります。以前はできるだけ気温の高い昼間を避け、夜中の12時ごろから花を出していました。
しかし、近年は夜間でも28〜29度まで気温が上がることがあります。冷蔵室から出した花を、競りまでの間もできるだけ安定した温度で保管できるよう、市場空間そのものを冷やす必要がありました。

競り場の裏側で、花きを一時的に置くエリア。従来の断熱パネルよりも軽量な間仕切りで天井部まで空調対象エリアを区分し、建物への負荷を抑えながら断熱効果と台車の動線確保を両立した。
園田様
最初に話が出たのは、15〜20年前だったと思います。そのときも見積もりを取ったのですが、数億円規模になってしまい、一度は導入を見送っていました。
当市場は、切り花だけでなく、鉢物や苗物も扱っているため、他の市場と比べても広いスペースが必要になります。切り花だけであれば段ボールなどに入っているので、比較的スペースは少なくて済みますが、鉢物や苗物は場所を取ります。その分、花を保管・競りにかける市場内の空間も広くなるんです。
園田様
他の市場が使っているような、パッケージエアコンを導入する案も比較しました。初期投資で見ると、パッケージエアコンの方が安い可能性はあったと思います。
ただ、その場合は、空調効率を高めるために、断熱材のパネルで市場内の広い範囲を囲う必要がありました。そうなると、施設の強度面が気になります。建物も古くなっていますし、重さに耐えられるのかという不安がありました。
また、実際に他の市場も視察しましたが、パネルで囲うと圧迫感が出ますし、窓もなくなって明るさも失われます。他にも対応しづらい問題点もあるだろうという懸念もありました。そう考えると、当市場には少し合いにくいのではないかと感じていました。
地中熱への不安を変えた、現地見学でサーチェス®を体感
ー地中熱空調は一般的な空調方式と比べると、まだ馴染みの薄い選択肢だと思います。イノベックスの地中熱について、最初はどのような印象を持たれていましたか?
園田様
当市場では、以前より遮光ネットなどの生産資材を通じて、イノベックスと取引がありました。その関係で新たな空調システムについて説明を受けていたことが、今回の相談につながりました。
ただ、地中熱への最初の印象は、正直あまり良くありませんでした。久留米花市場の理事は生産者の方々なので、ハウス栽培などで使われていた地中熱に似た別の仕組みを、過去に見聞きしたことがあったんです。
その仕組みについて、配管設備が壊れてしまったり、空調があまり効かなかったりするといった話を聞いていたようでした。そのため、最初に理事会にかけたときには、「地中熱空調は、あまり良くないのではないか」という反応がほとんどでした。
福宮
地中熱は、最初の段階では効果が伝わりにくい技術です。さらに、本来の地中熱とは異なる仕組みまで「地中熱」と呼ばれてしまうケースもあります。そうした印象を受け止めたうえで、イノベックスの地中熱システム『サーチェス®』は何が違うのかを説明する必要がありました。
これまでの実績でも同様なのですが、最初から「地中熱空調はいかがですか」と説明しても、なかなか伝わりません。むしろ、導入することで久留米花市場様の事業にどのような良い影響があるのかを先に示す。そのうえで、「それを支えているのが、イノベックスの地中熱システム『サーチェス®』です」と説明する方が伝わりやすいと感じています。
天井部に設置された、送風ダクト。小さな穴から空気を送り出すことで、音や風当たりを抑えた、やわらかな空調を実現。
園田様
導入判断の後押しになったのは、工場見学です。静岡県袋井市にあるイノベックスの自社工場を訪問し、実際に地中熱システム「サーチェス®」が使われている環境を見せていただきました。やはり、話を聞くのと実際に施設を見るのとでは全然違いましたね。
理事全員で見学に行ったのですが、実際に工場内の環境を体感すると、「涼しいじゃないか」という声が上がりました。普通のエアコンのように、壁に機械がたくさん並んでいるわけでもありません。それなのに空間全体が涼しく保たれていたので、「どこに空調設備が入っているのか」と不思議に感じるほどでした。
また、空調の音が気にならず、静かだったことも印象に残っています。説明を聞くだけでは分かりにくかった地中熱の効果を、実際に体で感じられたことで、理事の方々の受け止め方も変わっていったと思います。
間仕切りについても、別の施設を見学しました。間仕切りをしているところとしていないところでは、空調を入れていなくても温度差がありました。
地中熱も間仕切りも、説明だけではイメージしきれなかった部分を現場で体感できたことで、当初の印象が変わっていきました。実際に見て、涼しさや温度差を感じられたことが、導入への納得感につながったと思います。
福宮
地中熱は、技術的な話だけではどうしても伝わりにくい部分があります。仕組みや数値を説明することも大切ですが、最終的には、実際にその空間に入って「涼しい」「静かだ」と体感していただくことが一番だと思っています。今回も、弊社工場で効果を感じていただけたことが、安心感や納得感につながったのではないかと思います。
地中熱と間仕切りで、築50年前後の大空間を効率よく冷やす
ー今回の提案は、地中熱システム「サーチェス®」に加えて、間仕切りや断熱・気密に関するイノベックスの知見を総合的に組み合わせたものだったと思います。設計にあたって、特に重視された点を教えてください。
福宮
今回の施設は、築50年前後という条件がありました。そのため、重い断熱材を設置して気密性や断熱性を高めようとすると、建物に負荷をかけてしまいます。まずは、建物に負荷をかけずに、必要な空間をどう冷やすかを考えることが設計の出発点でした。
イノベックスは、地中熱システム「サーチェス®」に加え、断熱性や気密性を持たせる間仕切り資材も扱っているメーカーです。今回の案件は、その両方の知見を組み合わせる必要がありました。間仕切りによって空調対象となる空間をつくり、地中熱で効率よく空調する。さらに、築年数が経過した施設に負荷をかけず、市場の作業動線も妨げないようにする必要がありました。
建物には出っ張りや引っ込みもあり、形状に合わせた設計が求められました。難易度は高い案件でしたが、これまで培ってきた資材や施工のノウハウを活かしながら、職人さんたちとも相談し、間仕切りの構造や設置方法を細かく詰めていきました。
福宮
はい。最初にご提案した内容では、間に柱を立てて間仕切り構造をつくる案もありました。ただ、それでは台車の動線が確保できないというご意見をいただきました。
久留米花市場様の事業を支えるための設備なのに、こちらの都合で作業がしづらくなってしまっては意味がありません。そこで、そのご要望を最大限尊重し、今回は一本も柱を立てずに市場内の広い空間を仕切る形にしました。
園田様
こちらが思っていた通りの間仕切りができたと思っています。検討の過程では、構造上そのままでは難しい点もありましたが、イノベックスがひとつひとつ丁寧に確認しながら、実現できる方法を考えてくれました。アーチ状の構造にすることで、空間も広く取れるようになりましたし、明るさも確保できました。結果として、当市場がイメージしていた以上の空調環境ができたと感じています。

天井部と写真右奥に設置された、外気と施設内を区切るための間仕切り。新たな柱を立てず、市場の要望や作業動線に合わせて空調対象エリアを設計・施工した。
市場機能を維持したまま、施工を完了。イノベックスの高度な施工計画と工程管理
ー導入に向けた進め方で、印象に残っていることはありますか?
園田様
とにかく、進め方が丁寧でした。打ち合わせのたびに前回の内容を振り返り、こちらの要望や確認事項をひとつひとつ整理しながら、前へ進めていく。その進行の仕方が印象に残っています。
これまでいろいろな業者と打ち合わせをしてきましたが、ここまで細かく確認しながら進めるのかと本当に驚きました。最初は「こんなに会議をするのか」と思うこともありましたが、進めていく中でさまざまな課題が出てくると、ここまで確認する必要があるのだと分かってきたんです。
補助金の申請など、私たちが苦手な部分についても支援していただけたことは非常に助かりました。私たちができることは私たちで進め、難しい部分はイノベックスに支援していただく。そうした分担ができたことで、プロジェクトを進めやすくなったと思います。
当市場にとっても、この案件は大きな投資です。だからこそ、イノベックスが高い熱量を持って、ひとつひとつ丁寧に進めてくれたことは大きな安心材料になりました。おかげで安心してプロジェクトを進められたと思います。
園田様
市場の仕事を止めないことが大前提でした。打ち合わせの中で、市場が止まっている時間、どの場所なら使えるか、どの時間帯なら施工できるかを、こちらから提示していきました。
東側、北側、南側など、それぞれのスペースで「この時間帯なら大丈夫です」と細かく調整しました。業者からも「この区間はまとめて作業したい」という話がありましたので、それができる時間帯をすり合わせていきました。
土曜日や夜間なども活用しながら、時間を非常に有効に使っていただきました。結果として、ほぼ仕事を止めることなく施工を進められたと思います。
地中熱設備を確認している様子。サーチェス®は、標準的な地中熱利用と比べて高い熱交換効率を発揮し、少ない設備で大きな熱エネルギーを活用できる。
空調効果・労働環境が大幅に改善しつつも、サーチェス®導入後の電気代はほぼ変わらず。
ー導入後、事業を行ううえでどのような変化がありましたか?
園田様
大きく変わったのは、花を受け入れる時間の選択肢が広がったことです。以前は夏の暑い時期には、生産者さんが夕方の涼しい時間帯に荷物を持ってくることが多かったです。今は空調が効いているので、早い時間帯から荷物を持ち込んでいただけます。
生産者さんにとっても効率が良くなりましたし、職員もその時点から作業ができます。夜の仕事が分散されるようになったことも大きいですね。今後は、前日から入荷を受け入れられるような体制もつくっていけるのではないかと考えています。
園田様
職場環境は良くなりました。以前は暑い環境で作業していたため、従業員にとっても負担がありました。現場担当者からも非常に好評で、「まだサーチェス®の入っていないエリアにも入れてほしい」という声が出るほどです。
また、作業効率も向上しました。以前は、花を冷蔵室に入れたり出したりする作業が多くありましたが、施工対象となった空間を冷やせるようになったことで、その手間を減らせています。
間仕切りの効果も期待以上でした。間仕切りだけでもかなり涼しく、外気の影響を抑えられていると感じます。
園田様
ランニングコストを抑えられていることは、導入後の大きな評価ポイントです。昨年までは、間仕切りがない状態で競り場の空調だけを使っていました。冷気が広い空間に逃げてしまうため、空間全体を十分に冷やすには限界がありました。
今年は、空調できる範囲が広がり、施工対象となった空間をしっかり28度以下に保てています。それにもかかわらず、電気代は昨年とほぼ同じでした。空調が効く範囲も広がり、温度管理もしやすくなった中で、コストがほとんど変わらないというのは大きな成果だと思います。
収益面でも慎重な判断が求められる中で、もし空調費が大きく増えていたら、事業に影響が出ていたと思います。パッケージエアコンにしていたら、相当なランニングコストがかかっていたのではないかという話もしています。導入してみて、地中熱にして良かったと感じています。
福宮
私たちとしては、設備を導入して終わりだとは考えていません。実際に使い始めてから見えてくる課題もありますし、より良い状態で使い続けていただくために、導入後のフォローも大切にしています。
今回も、運用の中で気になる点や改善した方がよい部分があれば、その都度確認しながら対応していきたいと考えています。久留米花市場様の事業を支える設備だからこそ、長く良いコンディションで使っていただけるよう、導入後も伴走していくことがイノベックスの役割ですね。
写真左から、久留米花市場様 園田様、イノベックス 福宮
築年数が経過した施設・大空間の空調に、イノベックスの柔軟な提案力を
ー外部からの反応も大きかったと伺っています。どのような反応がありましたか?
園田様
イノベックスと実施した完成披露会には、日本を代表する大手企業も来られていました。今は環境への取り組みに関心を持つ企業も多いので、地中熱に興味を持たれているのだと思います。
テレビの取材も受けたのですが、その反響は大きかったですね。「どういう仕組みなのか」「どれくらいランニングコストがかかるのか」といった問い合わせが、1週間ほど続きました。
皆さんの関心が特に高かったのは、やはりランニングコストです。初期投資だけでなく、導入後のコストを抑えられるのか。同じような施設でも導入できるのか。そういった点に関心を持たれる方が多いと感じました。
ーどのような会社に、イノベックスの地中熱システム「サーチェス®」や間仕切りをおすすめできますか?
園田様
私たちのような、築年数が経過した施設や、広い空間の空調に悩んでいる会社には合うと思います。
市場の場合、築年数が経過している中で、どのように間仕切りをするか、どの範囲を空調するかという課題はあると思います。イノベックスであれば「この部分だけでも大丈夫です」といった形で、必要な範囲に合わせた提案をしてもらえます。全館を改修しようとすると大きな費用がかかりますが、まず必要なところから改善できれば、コスト面でも進めやすくなります。
また、要望に柔軟に対応してもらえることも大きいです。今回も、小さな開口部をどうするかという細かな点まで会議で確認し、きちんと共有してくれました。私たちだけでは対応が難しい部分についても支援してもらえましたし、専門的な内容についても、分かりやすく説明していただけました。
ひとつひとつ丁寧に進めてもらえたことで、最終的には一つのチームとして進められた感覚があります。「この範囲だけやりたい」「今の施設条件に合わせて考えたい」という要望がある企業にとっては、相談しやすいと思いますね。
おわりに
園田様
今回の導入で、久留米花市場として目指していたコールドチェーンの整備を一歩進められたと感じています。温度管理のしやすい環境を整えることは、生産者さんから預かった花の価値を、花屋さんやその先のお客様へ届けるためにも重要です。
今後も実際の運用を見ながら、必要な部分は改善していきたいと考えています。イノベックスには、導入後も相談しながら、より使いやすい市場環境づくりを一緒に進めていただけることを期待しています。
久留米花市場様 市場の外観
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